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東京地方裁判所 昭和33年(レ)509号 判決 1959年10月20日

控訴人 五十井定次

被控訴人 大久保延春

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「控訴人の本件控訴を棄却する。控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴人が、「(一)、本件家屋に隣接する武井忠吉の居宅は本件家屋と同時に建てられたものであるが、本件家屋とは用材、構造が異り、本件家屋のように破損したことはなく、したがつて最近修繕したことはない。(二)、控訴人が本件家屋の前所有者鈴木から、本件家屋を控訴人が自費で修繕することに対する承諾を得たこと、控訴人が被控訴人に対して、控訴人が自費で本件家屋の修繕をすることを申出でたこと、本件家屋の賃貸借契約を解約することが権利の濫用であること、はいずれも否認する。」と述べ、控訴人訴訟代理人が、「(一)、控訴人は、本件家屋を昭和二十年六月に被控訴人の前所有者鈴木から賃借したものであり、被控訴人は、昭和二十一年七月本件家屋の所有権を取得し、鈴木の賃貸人たる地位を承継したのである。(二)、本件家屋は、通常の家屋のようにコンクリートで土台を造り、その上に建てたものではなく、単に石、煉瓦等を地上に置き、その上に柱を建てるという極めて簡易な方法で建てられたものでありかつ本件家屋が在る地域は湿地帯であるため、柱の下に置かれた石、煉瓦等が自然に地中に埋り、柱が直接地面に接するようになつた。そのうえ、昭和二十一年に被控訴人が本件家屋の所有者となつてからも何等修繕をしないため、附近の家屋に比べて稍見劣りするようになつたが、修繕によつてなお相当期間居住の用に供しうるようにすることは容易であつて、現在取壊さなければならない状態ではない。現に、本件家屋と同時に建てられ、同一棟となつて隣接している武井忠吉の居宅も、本件家屋と同様に破損したが、修繕によつて何等居住に危険のない状態となつている。(二)被控訴人は昭和二十一年七月に本件家屋の所有者となつて以来、賃貸人としての賃貸物の修繕義務を全く履行しないのみでなく、控訴人は、被控訴人の前所有者鈴木から本件家屋を賃借していた際、鈴木から、控訴人が自費で本件家屋の修繕をすることに対する承諾を得ていたので、被控訴人に対して、控訴人が自費で本件家屋の修繕をすることの承諾を求めたにもかかわらず、被控訴人は本件家屋の取壊しを主張し、控訴人が修繕をすることを承諾しなかつたのである。(三)、したがつて、仮に本件家屋が腐朽のため取壊しを必要とする状態にあるとしても、それは被控訴人が賃貸人としての義務を履行しないのみならず、控訴人が自費で修繕することを許さなかつたことによるのであるから、取壊しの必要があることを理由として賃貸借契約を解約することは、賃貸人として著しく信義に反し、かつ権利を濫用するものであるから許されない。」と述べたほかは、原判決に書いてあるとおりである。

証拠として、被控訴人は、甲第一号証の一、二、同第二号証を提出し、原審における証人家木すみ子、同武井忠吉の各証言、および検証の結果を援用し、「甲第二号証は、昭和三十一年二月六日に本件家屋を撮影したものである。」と述べ、控訴人訴訟代理人は、当審における検証(第一、二回)の結果を援用し、「甲第一号証の一、二が真正にできたこと、甲第二号証が被控訴人主張のとおりの写真であることは認める。」と述べた。

理由

昭和二十一年七月二十五日に被控訴人が控訴人に対して、東京都江戸川区西小松川二丁目六百七十六番地の七所在、木造瓦葺平家建居宅二戸一棟、建坪十六坪七合のうちの東側の一戸、建坪八坪国合五勺(本件家屋)を、賃料月額八百円の約束で、期間の定なく賃貸したこと、昭和三十一年三月七日に、被控訴人から控訴人に対する、本件家屋は腐朽が甚しく倒壊の危険があるので、取壊す必要があることを理由とする賃貸借契約解約の意思表示が到達したこと、はいずれも当事者間に争がない。

よつて右賃貸借契約解約の申入の効力について判断する。

原審および当審(第一、二回)における検証の結果によると、本件家屋にはコンクリート等で造られた土台がなく、一部の柱は地上に置かれた石、煉瓦等の上に乗つているが、大部分の柱は直接地面に接していて、その下端附近は相当腐蝕して材質がもろくなつており、特に北側外側の三本の柱は下部約三寸位が腐蝕のために欠損していること居室の部分の床面も、東側にある四畳半の間と西側にある三畳間の間の敷居附近が高く、四畳半の間の南東隅と、三畳間の北西隅が低くなつて稍傾斜してをり、柱も僅かではあるが北東側あるいわ北西側に傾いているものがあること、柱の下端附近が腐蝕していることは前記のとおりであるが、その床下に当る部分以外は特別の腐蝕はしていないこと、壁の脱落、棟の著しい歪み、家屋全体としての明白な傾き等はないこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定したとおりの本件家屋の腐朽状態から考えると、本件家屋をこのまま放置して居住の用に供していると、暴風、地震等の場合に危険がないとはいえないけれども、その腐朽の程度、家屋の構造、大きさ等も合わせて考えると、柱の根継ぎ土合の修繕設置等の適切な修繕をすれば、猶相当期間安全に居住の用に供しうるものと認められ、かつ右のような修繕は大修繕に属するものではあるが、これを行うことは技術的には割合容易であると認められる。

ところで、賃貸人には賃貸物の使用収益に必要な修繕をなすべき義務があるのであり、本件家屋のようにその賃料について地代家賃統制令が適用される家屋(本件家屋が昭和八年に建築されたものであることは当事者間に争がない)についても大修繕をしたときには、同令第七条第一項第一号、同令施行規則第四条第四条の二、昭和三十一年建設省発住第五三号通牒等に従い、所定の手続をとることによつて、賃貸人が修繕に要した費用を相当期間内に回収し、かつ費用を投下したことに対する適当な利潤を挙げ得るように賃料を増額することができることになつているのであるから、前記のような大修繕も、これを賃貸人の義務と認めることを不相当とする特別の事情がない限り、賃貸人の賃貨物修繕義務の範囲に属するものと解するのが相当である。

してみると、本先家屋を安全に居住の用に供し得るよう、前記のような修繕をすることを賃貸人である被控訴人に求めることを不相当とする特別の事情があつたことについては、何も主張証拠がないのであるから、本件家屋が腐朽したことを理由としてこれを取壊わすということは、本件家屋の賃貸借契約を解約する正当な事由ということはできず、他に賃貸借契約を解約する正当事由があつたことについては何も主張、証拠がない以上、前記解約の申入は、その効力がなかつたものといわなければならない。

したがつて、前記の賃貸借契約の解約申入が有効であることを前提とする被控訴人の請求はすべて理由がないことになる。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法第三百八十六条によつてこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、同法第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西澤潔 寺井忠)

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